自分のルーツ、日向薬師

2016年 06月 13日

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こんな近くの由緒寺院が、自分と関わっていると思うと不思議です。

先日、叔父の法事があり母親に変わって参列しました。

お寺は、本家の菩提寺ではなく、私のお婆さんの実家(寺)に墓地をとったので、そこで行われました。

その寺は、二ノ宮の川匂にある西光寺さんです。

川匂神社(二ノ宮)とお隣の真言宗のお寺です。

能満寺が三ノ宮、西光寺さんが二ノ宮と、これまた縁がありそうです。
今のご住職は、母親の従兄弟になります。

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西光寺さんに着くと、修行中に母に連れられて来たのを鮮明に思い出します。

その時は気づかなかったのですが、お寺のあちこちに坂村真民さんの詩が掲示してあり、鐘楼にも「念ずれば花開く」の詩も鋳込んであります。

住職も大の真民さんファンだそうで、真民記念館の会館の時には、ご招待されたそうです。

円覚寺の南嶺老師も真民先生を慕って居られると言うと、そうなんだと応じて頂きました。

玄関には関連のチラシが。

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法事は無事終わり、住職にお婆さんの話をしたら、「そうだよ、お婆さんは日向薬師で産まれたんだ。」と言われました。

母親がずっと言っていた、「お婆ちゃんのお父さんは日向薬師の住職だった。」と言うのは本当だったのです。

そのこともあって、母はお寺に縁を感じていたというのが、自分のルーツにつながっていると思うと、不思議で仕方ないです。

母は常々、お婆ちゃんがお寺の出身だから三ノ宮に来たと言っていました。

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右:日向薬師元住職、諦門和尚 ひいおじいさん
中央:諦門和尚の長男 お婆ちゃんの兄弟
左:諦門和尚の次男 お婆ちゃんの兄弟

さらに驚くことが。

父は亡くなる年に、中学を転任し中原中学へ移りました。
もともと軟式テニスの顧問をずっとしてきたけど、中原中学にテニス部がないので、赴任して直ぐにテニス部を立ち上げました。
毎日汗まみれのシャツを持ってくる日が続き、2ヶ月後の5月26日に陸上競技記録会の教員チームでリレーを走りそのまま帰らぬ人となりました。

従兄弟どうし子供の部活の話になり、女の子で1人だけテニス部で真っ黒ということを耳にしました。

何気なく中学校はと聞いたら、中原中学と言うではないですか。

34年経ってもテニス部は存在して、従兄弟の子が汗を流していると聞くと嬉しくなります。

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